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父親の連帯保証人借金体験談

30代後半 女性 岩手県在住 現在は契約社員です。

 私が初めて借金をしたのは、20代前半の時の2002年の事でした。

当時、仕事を転々としていた私はやっと落ち着ける職を見つけ正社員で働くことになったのですが収入が一時途切れてしまい、それでも生活費や携帯代を払わなければならなく、困っていました。

しかし、当時私の家は両親共お金にだらしなく二人とも借金を背負っている状況で決して裕福ではなかったので、誰にも相談できず消費者金融に手を出してしまったのです。

 私が借り入れを申し込んだのは、町中で店舗をよく目にしていたアイフルでした。入店するときは非常にドキドキしたのと、後ろめたさを感じたのを覚えています。しかし、誰にもお金の相談をすることが出来なかった私は『すぐに返せばいいや』と軽い気持ちと背に腹は変えられないという気持ちでお金の相談をしに行ってしまったのです。

 借り入れの申し込みをしたところ、すんなり審査が通り10万円を上限として借りることができました。その際に専用のATMで返済が出来るカードを発行されました。このカードは返済の他に借り入れもできるカードでした。正社員で働き始めてから毎月1万円ずつ返済していました。普通に考えれば10ヶ月で完済となるわけですが、利息がつきますので毎月1万円での返済ではなかなか元金が減らない状態でした。

 しばらくして、勤めていた会社の他事業関連でクレジットカードを作ってほしいと頼まれました。私は両親がカードローンなどで督促状が来ていたのをみてきたので、クレジットカードは作らないと決めていましたが、会社の上司に『作るだけで使わなくていいから』と頼まれ、作るだけなら・・・と人生で初めてのクレジットカードを作ったのです。上限はショッピングとキャッシングそれぞれで5万円でした。

 やがてクレジットカードが家に届くと、母から『クレジットカードで借りたお金を貸してほしい』と言われました。私は断りましたがしつこくお願いされ仕方なくクレジットカードで上限の5万円を借り入れ母に貸したのです。

その時は『まぁ、母が返してくれるなら・・・』と思っていました。しかし、一度借り方を覚えてしまうと自分がピンチになったときに安易に借りてしまうようになったのです。

しかも最寄りの銀行のATMで借りれてしまうので、自分のお金を使うように借りていました。当時の私はパチンコにハマっていて負けてはお金を借り、またそのお金でパチンコに行くというような借り方をしていました。

パチンコに勝てばそれで返したりしていたので、『借りてもパチンコで勝って返せばいいや』ぐらいにしか思っておりませんでしたし、クレジットカードの上限が5万円ということもあって、返せる範囲内だと思っていたのです。

 しかし、私の金遣いの荒さは親譲りなのか、何度も借り入れと返済を繰り返していくとお金を借りているという考えが薄れていきました。そしてとうとうクレジットカードの返済が出来なくなってきてしまい、その返済金をアイフルから借り入れるという状態になっていったのです。

そんなとき、学生時代の友達からとあるビジネスの話を持ちかけられました。

とにかく儲かるから一度説明会にきてほしいと言われ、お金に困ってた私はその説明会に参加することにしました。その話を持ってきた友達はとても真面目な子で仲が良く信頼できる友達だったので、その子の顔を立てる意味で話だけ聞いてみようとも思ったのです。

説明会に参加するとサイドビジネスとして活躍しているという30代の男性が話をしていました。内容を簡単にまとめると、いわゆるねずみ講でした。

しかしねずみ講といわれるものがどんなものか、当時の私は全く見聞きしたことがなかったので、すんなりとその人の話を信じてしまったのです。当時はまるで自分が起業者だと言わんばかりの気持ちでした。これで稼げば借金も簡単に返せると考えてしまったのです。

 そのねずみ講は、最初に指定の機器を購入しなければなりませんでした。その機器は決して安くはなく、確か5万円以上はしたと思います。その購入方法はショッピングローンでした。

これを買うことで私を紹介した友達にポイントが付くということと、これを買うのが前提という口車に乗ってしまい、なんの疑問も持たず購入してしまったのです。

しかし、このようなねずみ講の話を他の友人に話したところで信用する友人は当然のことながら居るはずもなく、結局自分が儲かることなくそのねずみ講をやめることにしました。

こうして私の借金は20万円を越えていきました。

ねずみ講をやっているときは、いずれ大きく儲かる!と根拠のない自信があったので、そのときの私の金遣いは更に荒くなっていました。ねずみ講をやめたときには、今まで借り入れした借金の返済もできないくらいお金が無くなっており、もちろんそれぞれの借り入れ限度額も上限に達していたのです。困ってしまった私は、再度アイフルに借り入れの相談をすることにしました。

 なぜ私が消費者金融のアイフルに再度借り入れの相談をしたかというと、当時担当してくれた方がとても優しく感じが良く危機感を与えないような対応をする方だったので、お金のことで誰にも相談できなかった私にとって唯一『相談できる人』という間違った安心感が芽生えてたのかもしれません。

 そして、アイフルに相談した結果、返済状況が良かったようで限度額を20万円まであげることができるといわれ、その時の借入額にプラス10万円を借りてしまったのです。これで当時の借入額は30万円を越えていきました。その後も、返済しては借りて返済しては借りて・・・と、元金が全く減らない返済をし続けていました。家の経済状況が悪化していることも知らずに。

初めの借金をして1年半程経った頃。父が突然行方不明になりました。

『子供たちにまで迷惑をかけて申し訳ない』と走り書きのメモが残されていました。父の行きそうな所を片っ端から探し回り、最終的に自宅付近の空き地で父の車を見つけました。探し当てたときはすでに夜中で、真っ暗の中、父の車に近づくと父が車でガス自殺を図っていました。

幸い、自殺を図った直後で発見が早かったため父は何事もなく無事でした。父を自宅に連れて帰り、ここで初めて父の借金が莫大なものになっていると聞かされたのです。

話を聞くと父はどうやら5社以上の会社から借金をしていることがわかりました。

総額はどうしても言いませんでした。家族会議をし、自己破産をしたほうがいいと私たち子供らは説得をしたのですが、父はどうしても受け入れませんでした。そして母は母でまた別に借金があるようで、両親はお互いを批判し合い協力し合おうともしませんでした。

話は平行線をたどり、父の借金の解決もできない日々が過ぎました。

 そんなある日、『父の借金を1本化できる』と母がどこからか人を連れてきたのです。

話を聞くとその人は消費者金融のアイクで、父の5社以上ある借金を肩代わりするからアイクで1本化しましょうというものでした。

その代わり今住んでいる家と土地を担保に入れることと連帯保証人を立てることが条件でした。両親は乗り気ですんなりと申込用紙にサインをしていました。

そして、私に連帯保証人になってくれと言ってきたのです。

内容を確認するとアイクでの借り入れ総額は600万円を越えていました。これを確か20年だったか30年だったかで返済するといった内容でした。計算すると支払い総額は金利を入れて1000万円を越えていました。

私は絶対ごめんだと思い、何かと理由をつけて断りましたが『お前には絶対迷惑をかけない』と何度も言われ、更には駄々をこねられ怒られ・・・。

あまりにもしつこかったので、『絶対に肩代わりしない』と言うことを条件に私も連帯保証人の欄にサインをしてしまったのです。

これで私はわずか20代前半で実質1000万円以上の借金をしたことになりました。自分の借金だけではなく、父にもしもの事があったときに私に降りかかる借金の事も考えていかなければならなくなり、私はその時の仕事を辞め夜の仕事をする事にしたのです。

 しかし、1年も経つと父はそちらの返済も出来なくなり、結局家と土地を手放しそれでも足りなかった分は自己破産をして終わりました。

結果、アイクからの借り入れもなくなり、私も支払い総額1000万円の連帯保証人から解放されました。

ところが、それからしばらく経った頃、アイクでも1本化出来なかった借金が残っている事がわかったのです。

どうやら地元の闇金融のようなもので、自己破産しても返済義務があるとかそんなようなことを言われました。

そしてその借金の連帯保証人にいつの間にか私がなっていたのです。

その事実を聞かされ連帯保証人になった記憶が全くなかったのですが、当時思い起こせば借金も解らなかった時期になんだか解らずサインを頼まれて、言われるがままサインをした事を思い出したのです。それが、闇金融の連帯保証人のサインだったのです。

その話を聞いた当時は、夜の仕事でもたいして稼ぐことができなく酔っぱらいの相手をするのに疲れた私は時給の安い事務職をしていました。

もちろん、生活するので精一杯だったので貯金などありません。しかし、闇金融の借金の連帯保証人になってしまっていましたし、父は自己破産してしまったので支払い義務は連帯保証人の私に降りかかってきたのです。

総額は確か20万円くらいだったと思います。一括で払わないと財産の差し押さえをすると言われたのです。しかも期日も間近に迫っていました。貯金などの余裕がない私には一括で払うことなど出来ませんでした。

その頃はまだ自分でした借金の返済も残っていました。こちらも総額で15万円程だったと思います。兄弟で話し合った結果、債務整理をしようという話になりました。私は悩みました。

当時は自己破産をすると人生が終わるようなイメージでしたし、質素な生活をしなければならないとか、車を持つことができないとか、離婚しなければならないとか、とにかく普通の生活が出来ないものだと思っていました。そこまではいかないにしても、債務整理も同じくらいの生活の制限をされるのだと思っていたのです。

何か悪いレッテルを貼られるようなそんな悪く暗いイメージがありました。その時私には、結婚を考えている人も居ましたで、そちらにも影響があるのではないかと思っていたのです。そんなことを言っても間近に迫っている返済もできるはずもなく、それこそ財産を差し押さえされるくらいなら・・・と、兄弟の説得もあり私は債務整理をすることにしました。

債務整理は、近くの家庭裁判所で行いました。

まずは、現在の借り入れ状況などを記入する用紙を記入しました。ここで私は自分の借金であるアイフルとクレジットカードも一緒に債務整理することにしました。債務整理で何かしらの制限を受けるのであれば、全部整理してしまおうと考えたのです。ただ、債務整理したい借り入れを自己申告するものなので、債務整理したくないものは記入しなくてもよくて、私は車のローンは債務整理しませんでした。

 家庭裁判所では調停員という方が、各借り入れ先へ連絡を入れ今後の返済方法と返済額の調整をしてくれました。私が借りたアイフルとクレジットカード会社はあっさりと債務整理ができましたが、父の連帯保証人の闇金融は手こずりました。

調停員の方には知れた悪徳会社だったようです。

何度かの交渉の末、父が長年借り入れと返済をしていたことで過払い金があり、それで相殺することで折り合いがつきました。これで父の借金の連帯保証人は本当の本当になくなりました。

 一方、私の借金の方はアイフルの方が消費者金融でしたので法外な(と言っても当時はグレーゾーンでした)金利を引き下げすることで、元金だけの返済をしていくような形になりました。

お陰で、支払い総額は少なくなりました。クレジットカードの方そもそも適正な会社でしたので、こちらも金利を引き下げして元金を返済していくような形になり、月々の支払い金額を下げてもらいました。

債務整理でかかった期間はだいたい1ヶ月くらいでした。一つ闇金融があったので長引いたのもあったと思いますが、そんなに時間をかけず債務整理をすることができました。

代わりにだいたい約5年くらいは、車のローンだとかクレジットカードだとか、そういったものの利用はできなくなるよと調停員の方に言われました。この期間ははっきり決まっておらず、人それぞれなんだそうです。おかげで、借金は債務整理をしてから2年も経たず完済することができました。

 5年間、借り入れが出来なくなったのは私にとって良い薬になりました。クレジットカードが作れないから辛いとか車のローンが組めないから辛いといったことは一切なく、むしろその期間があってありがたかったです。現金決済のみで生活することで、自分の収入に見合った使い方をするしかないですし、見合った使い方を学べました。あれから5年以上経ちましたが、今ではクレジットカード2枚と車を新車でローンを組んで保有しています。そして、住宅ローンも審査が通り新築で建設中です。
 以上の経験から私が学んだことは、極論から言うと『借金はするものではない』ということです。ただ、借金をしないでこの先生きていけるかというと、それはNO だと思います。なぜかというと、全てが現金で解決できるくらいの貯蓄を全員ができるかと言われたら難しいと思うからです。それだけの貯蓄ができるのが一番好ましいのですが。
 もし、借金をするとしたら現金の借り入れをしないことをオススメします。せめて物として残っていれば借金(ローン)をした意味が見いだせます。そして、現在の自分の収入に見合った借り入れをすることです。目安は支出全体(家賃や食費などを含む)で多くても収入の3分の2までがギリギリだと思います。残りは突然の出費のために貯蓄をしておきましょう。現金でしか解決できない事もあります(お祝い金など)。すでに支出全体が収入の3分の2になっている場合は借金はしないことです。それから、ボーナス払いはしてはいけません。不景気のこのご時世、いつボーナスがカットされるか解りませんからね。
 あとは、楽してお金を稼ぐことはできないのです。ギャンブルやサイドビジネスをやる場合は大きな期待をすると危険です。もしそれらをやるとしたら、お小遣いの範囲で収めておくのが堅実です。最後に、連帯保証人には絶対になってはいけません。これがどんなに大切な人でも絶対になってはいけないのです。人が作った借金で自分の人生が狂ってしまった話はたくさん聞きます。自分の人生は自分のために使ってほしいのです。なので、誰かの契約書とか申込書といったものにサインはしてはならないのです。